LIBRIEは電子出版界のウォークマンになれるか
デジタル パブリッシング フェア 2004レポート

写真1: Sony e-BookリーダーLIBRIE
LIBRIE
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今年のデジタルパブリッシングフェアで目を引いたのは,なんといっても ソニーのe-Bookリーダー「LIBRIE」(LIBRIé;リブリエ)でした(写真1). 発売時期もタイムリーでしたし, デジタル パブリッシング フェア2004東京国際ブックフェア共催) の開催期間中に専用電子書籍コンテンツ配信サイトが 正式(リニューアル?)オープンするなど,たいへんに活気のあるブースになっていました.

生活の中に溶け込めるか…

電子書籍を読むこと自体はパソコンやPDAがあれば可能ですし, パナソニックの「Σブック」(写真3)のような電子書籍専用端末もすでに存在しています. ソニー自身もPalm機「CLIE」(クリエ)を出しています(古くはEB電子ブックというのもありました)ので, 「電子書籍を読む新しい端末が発売された」というだけのことであれば,たいした話題ではないでしょう. LIBRIEが注目されているのは「ソニーのことだから,電子書籍を生活の中にうまく浸透・定着させてくれるのではないか」 という漠然とした期待があるからだと思います.

今現在PDAを常時もち歩いて電子書籍を読んでいるような人は, より汎用性が高くてパワフルなPDAの方を好むでしょうから, 実際にLIBRIEを購入して使う方向にはいかないと感じます. LIBRIEに期待するのは, むしろ普通の人に電子媒体で書籍を購読するという選択肢を認知してもらうことでしょう.

電車の中でPDAに表示された文字なり画像なりを熱心に見いっているという図は, いまだにヲタクぽいイメージが払拭できていないというか, やはり一般の人にはまだ心理的に抵抗感がある行為に違いないと思います. ここらへんは不思議なところなのですが,携帯電話で一生懸命メールを打っていたり, ゲームボーイで遊んでいたりしても特に違和感はないのに, PDAだとなぜかヲタクぽいイメージになってしまいます. それどころか,電車の中でノートパソコンはOKなのに, シグマリオンはヲタクていうような, 多少不条理とも感じられるような判断基準が適用されていたりもします. 結局のところ,一般の人がもっているもの・知っているものはOKだけど, 認知度の低い機械は目立っちゃう,ということだと思うのです. こう考えると,電子出版普及のために,まず達成しないといけない目標は, なにより「電子ブックリーダという機械を誰もが知っている道具にすること」 「電子ブックリーダで本を読むことが普通になること」だと思うのです. この文脈で考えると「ソニーが出した」ということの意味が大きく感じられるでしょう. 今では当たり前になっているウォークマンだって,最初は違和感のある機械だったはずです. あれを「普通のこと」に導いたソニーだからこそ,期待するものがあると思うのです.

いまさら この大きさ?この重さ?

LIBRIEはすでに家電量販店の店頭にも並んでいるので,実物をご覧になった方も多いと思いますが, 普段PocketPCを使っている私の第一印象は, なんでこんなデカイの?でした. カタログでは「携帯しやすい薄さ.手が疲れない軽さ」と紹介されていますが, 実際にはこれだけ大きいと持ち歩くのにカバンが必須になりますし, 混雑した電車の中でさりげなく使える大きさではないように感じます. 重量についても,190g(電池を入れると200g超)は重過ぎる印象です. PDAの中では比較的重量のあるPocketPC端末でさえ,最近は電池を含んで150gが相場になっており, 東芝のGenio e550シリーズのようなゴージャスなマシンでも電池を含んで190gです (PDAのデザイナは「いくらゴージャスな装備をしても200gは超えてはいけない」と思っているのではないでしょうか).

参考:PDAとの重量比較較(PDAは標準電池を含む重量)
製品名重量サイズ参考価格備考
ソニーLIBLIé
EBR-1000EP e-Bookリーダー
190g 190×126×13mm 41,700円  
ソニー クリエ PEG-TJ37/D 145g 113×75×13.2mm 31,200円 2003年モデル Palm
東芝Genio e400 137g 125×77×12.5mm 41,700円 2003年モデル PocketPC
DELL Axim X3 137g 117×77×15mm 31,290円 2004年発売 PocketPC
東芝Genio e550 190g 125×76.5×17.5mm   2003年モデル PocketPC
NEC PocketGear 200g 126×78×18.5mm   2002年03月発売 PocketPC

※参考価格はDELL Axim X3についてはDELLホームページ で公開されている定価(クーポン等を適用しない本体価格), その他はヨドバシカメラyodobashi.com の2004年06月06日時点の価格です. ただ,各マシンとも装備がずいぶん異なるため,比較はあまり意味がないかもしれません.

図1: LIBRIEとPDAの重心位置とホールド感の違い
図1: LIBRIeとPDAの重心位置とホールド感の違い
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単にサイズや重さを数値で比較するとあまり意識できませんが, 実際に持ったときに感じる重さは数値以上の差がでてしまいます. というのは,LIBRIEは手のひらに収まる大きさをはるかに超えてしまっているため, PDAのように自然にホールドできず,筐体の端っこをつまむような形でもつことになるからです. PDAサイズであればフワッと手の中に自然に包み込めるので,あまり「にぎる」感覚はないのですが, LIBRIEは大きさ的につつむ感じのもちかたができません. この差は頭で考えるよりずっと大きいものです. 包み込むことができない筐体の場合,回転しようとする力やズリ落ちようとする力に対応しなければならないため, 少なくとも潜在意識としてしっかりともたなきゃいけない感覚が働きます. 紙の本と違って落下させたくないため,気疲れしてしまいます.

図1は重心位置とホールド感の違いを図説したものです. 横にGと書いてある+印が重心位置,小さい+印が支点位置です. PocketPCなどのPDAの場合,重心位置を取り囲むように支点を配置できていることがわかると思います. これに対して,LIBRIEの場合,重心位置に対して左下だけに支点をおくことになるため,数値以上にホールド感に差が出るわけです (※イラストの正確さについてはあまりアテにしないでください. 筐体とディスプレイのサイズについてはいちおうそれなりに正しい比率で描いたつもりですが,あくまで参考程度です. あと,色は気にしないでください.実際にはピンクのLIBRIEはありませんから…).

LIBRIEのディスプレイサイズは約124×92mmで, 文庫本より小さい(文庫本A6 148×105mmに対して面積比で72%しかない)ことを考えると, LIBRIEの筐体サイズ190×126mm(B6版182×128mmとほぼ同じ)は大きすぎるイメージです. ディスプレイサイズのわりに筐体サイズが大きい原因のひとつは, LIBRIEがミニキーボードをもっていることにあります. これは電子辞書も有力なコンテンツと判断していることによるもののようですが, ほんとに必要なのかな,と正直疑問に思えました. もちろんハードウェアのミニキーボードはディスプレイ上に表示させるソフトキーボードにくらべて はるかに操作感がよいのですが,使用頻度を考慮すると必要なかったのではないかと思います. 電子書籍の中に出てくる単語を引くのであれば,いちいちコンテンツを切り替えてキーボードで単語を入力するのではなく, 引きたい単語を画面上で選択して一気にジャンプできるようになっているのが自然なインタフェースだろうと思うので, キーボードが必須というわけではないのではないでしょうか. もしディスプレイサイズぎりぎりの大きさに収めていれば文庫本より小さくなった, つまり現在通勤電車の中で文庫本を読んでいる人にとってはLIBRIEに切り替えることでサイズ的な恩恵を受けられたことを考えると, わりきって余計な装備はなしにしたほうがよかったのではないかと思います (実際にはCPUやメモリなどのデバイスを収めるためのスペースが必要なため, キーボードをはずしてもそれほどサイズを小さくできなかったかもしれませんが…).

写真2: デジタル パブリッシング フェア2003に出展されていたE INKを使った端末のプロトタイプ
(凸版印刷ブース)
E INK端末プロトタイプ
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E INK電子ペーパーの とってもマイルドな表示が好印象

LIBRIEのキーデバイスのひとつになっているのが, 米E INK社が開発した次世代ディスプレイ「E Ink電子ペーパー」です. 日本では凸版印刷がベンダーになっているようです (おそらく凸版印刷が製造しているのかな? 以下E Inkデバイスについては主に凸版印刷の方に話を聞きました). ディスプレイではなく「電子ペーパー」と呼んでいるだけあって,とても紙に近い質感に仕上がっています. 液晶ディスプレイのようなテカっとした感じではなく, 障子紙に墨汁で書いたような, あるいは 白いスリガラスかトレーシングペーパーの裏から鉛筆で書いたような,柔らかな風合いが印象的でした. 現行のPDAの液晶ディスプレイ(特にPDA用タッチスクリーン液晶)は映り込みが激しく,正直あまり読みやすいものではないのですが, E Ink電子ペーパーは映り込みもなく,紙の本から移行する際の表示デバイス面での障害はかなり小さくなったと感じました.

ただ,E Ink電子ペーパーは,まだこなれないデバイスなので,いくつか問題点もあるようです. まず第1に,カラー表示ができていません. 凸版印刷の方に聞いたら,現在開発中とのことでしたが,現状ではモノクロで我慢するしかないようです. モノクロの階調も4階調なので,写真などはハーフトーンで表現することになり,昔の新聞の写真みたいな感じになります. また,実際にLIBRIEページをめくってみるとわかるのですが, ページが切り替わる際に画面が一瞬まっ黒になってから次のページが表示されます. 私ははじめこれをページをめくっている雰囲気を出すためのギミックだろうと思っていたのですが, 凸版印刷の方の話によると,デバイスの反応速度によるもので, 将来的には画面が切り替わるときも黒くならないようにするとのことでした.

実は,E Ink電子ペーパーは昨年のデジタル パブリッシング フェア2003でも, 凸版印刷ブースにプロトタイプが展示されていました. 写真2がそのプロトタイプですが, 昨年話を聞いた時点では透明な箱の中に入れられたプロトタイプが自動のデモンストレーションを動かしているだけで 「今のところ具体的な端末にする話はない. パートナーも見つかっていない. プロトタイプは専用に作りこんだプログラムで動いているだけでOSがPalmになるとかPocketPCになるとかいう段階ではない」 という状態だったのですが, わずか1年で具体的な製品が出てしまったというのは, やはりE Ink電子ペーパーのポテンシャルが高かったのだろうと思います. 実際,写真で見ても,Σブック(写真3)の液晶の文字との鮮明さの違いは歴然ではないでしょうか?

独自規格のコンテンツに閉口
でも,そろそろ既存技術とは決別の時期なのかも…

LIBRIEで利用できるコンテンツはBBeB規格という新形式です. ここらへんがソニー製品の不思議なところなのですが,またまた独自形式で他社既存技術と互換性がありません. 何らかの事情で独自形式を採用するとしても, 現在主流になっているボイジャーのドットブック形式やシャープのXMDF形式も 読めるようにしておいてほしかったというのが正直な感想です.

ただ,ソニーが新形式を選択したのには,それなりの理由があるように思います. それは既存形式の著作権保護機能の弱さです. ドットブックやXMDFはひと昔前の技術なので,著作権保護機能はきわめて弱い状態です. ドットブックやXMDFの著作権保護の方法は「ウォーターマーク」と呼ばれるものですが, これは,コンテンツ購入時に購入者の名前などの情報をコンテンツに埋め込むことで 不正なコピー配布を心理的に抑制するという稚拙なものであり, 実際にどの程度抑制効果があるのかは微妙だといってよいでしょう. また,ウォーターマークによる方法では,実際にコンテンツの不正流出が生じた場合でも 購入者が意図的に不正配布を行ったのか,廃棄済みのパソコンやメディアから掘り起こすなどの方法で 事故的に流出したものなのかがわからないため,責任の所在がはっきりしません. その点,ソニーの新形式BBeBは,すでに音楽分野で実績のあるOpenMGを応用したものらしく, 高い著作権保護機能をもっています(そのためLIBRIEには「マジックゲート」機能がついたメモリスティックしか使えません). 結局,著作権保護機能についていえば,ナップスター以前とナップスター以後には激しい断絶があり, ドットブックやXMDFはしょせんナップスター以前の技術であるため, 著作権のあるものを配布する形式としては不適当になってきていると思います.

写真3: Panasonic Σブック
Σブック(シグマブック)
大きい画像
 
写真4: シャープ液晶テレビAQUOSでXMDF
AQUOSでXMDF
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大きい画像(2)

参考リンク



はたいたかし(連絡先
2004/04/24(訂2004/06/06)
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